プロフィール

トレードルーム

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名 前:かずゆき
出身地:福岡県
趣 味:猫、旅行、映画観賞、ゴルフ、釣り

猫と旅行が大好きな専業トレーダー。54歳。

公務員の家庭に生まれ転勤族の家庭に育つ。高専電気工学科に入学するもアルバイトをするうちに金儲けの面白さに目覚め1学年を留学した翌年に出席日数が足りずに強制退学。複数のアルバイトを経て中小企業に正社員として登用される。

その会社に24年勤め最終的には代表取締役に抜擢されるもその半年後に自ら辞任。現在は専業トレーダー。自由な毎日が楽しいです♪

以下、これまでの相場歴。

20代前半にアルバイト先のオーナーがやっていた株取引に興味をもつ。まだ貯金などあるわけがなく、お小遣い程度の金額でオーナーが買う株に相乗りさせてもう手段で参戦。しばらく続けるも現物株取引には多額のタネ銭が必要なことがわかり本格参戦には至らず、いい感じで利益が出ていたものの、その後しばらくは仕事に没頭。

34歳になった1999年、あるきっかけから商品先物相場に参戦することになる。

最初に200万円を預け、1枚の証拠金が8万円のとうもろこしを、外務員に勧められるまま先限20枚を購入。その時の商品の価格は14,000円。これが翌日にストップ高の14,400円になり、いきなり1日で80万円の利益を得ることになる。外務員にそそのかされるまま更に5枚買い増して全部で25枚。しかし、その翌日にストップ安となり値洗いマイナス20万。その後価格は12,000円まで下げ続け相場の洗礼を受ける。

途中を何とか両建てを駆使しながら耐え続け、結果的にトータルプラスで脱出できるも、よく計算してみると一番儲かっているのは外務員であった。それもそのはず、当時は往復手数料が1枚8,000円であったので両建てを含め、10枚取引するたびに外務員は80,000円の利益を得ていたのだった。手数料だけで100万円を優に超えていた。そりゃぁ取引させたがるわけだ。当時はインターネット取引ができなかったため、今では考えられないが価格の確認も注文も電話のみ。外務員と電話でよくケンカしていたが、今ではよい思い出である。

その後、インターネット取引が解禁になり、手数料が高く余計な情報やウソばかりつく外務員取引をやめ自分で罫線分析をしながら取引することに。

ガソリン、ケロシン、コーヒー、大豆、なかでもゴム指数には結構稼がせてもらった。

手法は逆張り中期スイングトレードだったが、細かなエントリールールや資金管理ルールは持っていなかったので冷や汗をかいたことも数知れず…

逆に満玉トレードで方向が当たるとバカみたいに儲かった。そりゃぁレバレッジ100倍だしな。

しかし、そこそこ稼いだところでガソリンの買い20枚が急落につかまる。いままで通りの戦略で両建てや売り買い枚数の調整で頑張が、ここぞと思って外した売り玉が失敗。あえなく撃沈。50万の追い証を入金すれば継続できたし、テクニカル的にも売られ過ぎでそろそろ反転の兆しだったが入金せずに翌朝強制決済。そしてお決まりの急反発。

「あんたが投げたソコが底」

反発が近いのは分かっていたが、もう入金して取引を続ける気力がなかった。

俺はいつまでこんな取引を繰り返すのか?
最初はドキドキも楽しかったが、もうそれも無い。
そもそも、これはトレードなのか?

いろいろな疑問が出てきて完全にモチベーションが無くなる。それ以降商品先物からは撤退。

しばらくモヤモヤしていたがレバレッジ200倍の誘惑にまけ、2002年からFXに参戦。今までやっていた商品先物相場のような取引ではなく、勝ち続けるためのプロのトレードを目指すべく小銭で練習トレードを続ける。
本業が忙しかったので、その間コツコツとトレードの本質を勉強し続け、2014年会社を退職して専業となる。

今までに学んだこと。

  • 近道はない。やるべきことは全てやらなければならない。それが一番の近道だ。
  • 聖杯はない。必ず儲かる方法や秘密はない。
  • 知っていることができるとは限らない。
  • 答えは全て自分の中にある。
  • 正しいことを正しくやり続ければ必ず成功する。
  • 何があっても諦めてはいけない。諦めなかった者だけが生き残る、それが相場の世界である。